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葛飾柴又のシンボル「柴又帝釈天(たいしゃくてん)」

山田洋次監督、渥美清主演の国民的映画「男はつらいよ」の舞台となった、葛飾柴又。

観光の中心と言えばやはり、寅さんお馴染みの口上にも登場する「柴又帝釈天(たいしゃくてん)」ですね。

柴又帝釈天の帝釈堂

柴又帝釈天の帝釈堂

葛飾を訪れたならまずはここを参拝しましょう。

柴又帝釈天の正式名称は「経栄山題経寺(きょうえいざんだいきょうじ)」

1962年に日蓮宗の僧、禅那院日忠(ぜんないんにっちゅう)とその弟子である題経院日栄(だいきょういんにちえい)により創建されたという、長い歴史を誇る寺院。

帝釈天とは、仏教の守護神の一人です。

江戸時代の大飢饉の際に9代住職の日敬(にっきょう)が、寺に安置されている帝釈天の板本尊を背負って町を歩いたところご利益があったことから、「柴又帝釈天」の呼び名が広まったと伝えられています。

柴又駅から真っすぐ続く参道を進んでいくと、総けやき造りの勇壮な「二天門」が正面に登場。

柴又帝釈天「二天門」

柴又帝釈天「二天門」

2階建てになっている入母屋造瓦葺(いりおもやづくりかわらぶき)の山門は、堂々たる風格があります。

明治時代に日光東照宮の陽明門をモデルに造営され、見上げると柱上の四方に施されたさまざまな彫刻がみごと。

「二天門」の彫刻

「二天門」の彫刻

「二天門」の呼び名の通り、仏教の四天王のうち増長天・広目天の像が両側に祀られています。

2つの像は平安時代に造られたもので、日蓮宗の本山である大阪府・妙国寺から寄贈されました。

関連サイト

GO TOKYO|帝釈天 題経寺

かつまるガイド|アクセス 

精巧な彫刻が施された「帝釈堂」

二天門をくぐるとすぐ目の前に現れるのは、拝殿と内殿が縦に連なる形をした「帝釈堂(たいしゃくどう)」です。

柴又帝釈天の帝釈堂

柴又帝釈天の帝釈堂

二天門と同じく入母屋造瓦葺の総けやき造りで、内殿には帝釈天の板本尊と、四天王のうちの持国天毘沙門天(多聞天)が祀られています。

2つの建造物は明治後期から大正にかけて、江戸建築を手掛ける最期の名匠と名高い坂田留吉が棟梁となって造り上げました。

角度の違う屋根を組み合わせた外観は重厚感があり、灰色の屋根瓦にグリーンの縁取りが印象的です。

彩色が施されていないため一見地味な建物に見えるかもしれません。
しかし拝殿を見上げると、繊細な彫刻が施され、精巧に組み上げられた柱や梁、カーブを描く天井などは、まさに匠の技ですね。

みごとな枝ぶりを見せる樹齢約450年、高さ約12mの「瑞龍の松」との光景も絵になります。

帝釈堂拝殿の彫刻と瑞龍の松

帝釈堂拝殿の彫刻と瑞龍の松

さらに、奥へ連なる内殿の外壁を取り囲むように、装飾彫刻の数々が飾られています。

大正から昭和にかけて、10名の彫刻師が1面ずつ彫り上げた法華経説話のレリーフは圧巻です。

精巧な彫刻レリーフ

精巧な彫刻レリーフ

花が咲き、鳥が舞う極楽の世界が描かれ、天人達が今にも壁から浮き出てくるような躍動感。

その素晴らしさから、「彫刻の寺」とも称されるほど。

これらの彫刻群は作品保護のためガラスで囲まれ、「彫刻ギャラリー」として有料で公開しています。

中には気が付かず拝殿に参拝するだけの人も多いようですが、訪れた際にはぜひ見学してくださいね。

彫刻ギャラリー

彫刻ギャラリー


   

関連サイト

葛飾観光協会|帝釈天題経寺

かつまるガイド|かつしか柴又マップ

寅さんの産湯「御神水」が湧き出る境内

柴又帝釈天の境内はさほど広くはなく、映画のシーンでも良く登場する光景が一目で見渡せます。

入口の左わきにそびえ立つのは高さ15mの「大鐘楼」

高さ15mの「大鐘楼」

高さ15mの「大鐘楼」

複雑な木組みと彫刻で飾られた鐘楼は城郭のような勇壮さで、関東一と称されています。

鐘の音は、寅さんの映画の効果音にも使われているそうですよ。

大鐘楼の近くには、古くから湧き出る霊水「御神水」が今もこんこんと溢れています。

寅さんの産湯「御神水」 

寅さんの産湯「御神水」 

開祖の僧である日栄が、松の根より湧き出るこの水を見て庵を建てたのが、帝釈天の起源とのこと。

無病息災や延命に効果があるとされ、寅さんの口上でも「帝釈天で産湯をつかり」とのフレーズが有名ですね。

御神水のすぐ近くには人々の苦しみを洗い清めてくれるという「浄行菩薩(じょうぎょうぼさつ)」が佇んでいます。

慈悲深い「浄行菩薩」

慈悲深い「浄行菩薩」

境内の東側に建つのは、日蓮宗の本尊である大曼荼羅(まんだら)を祀る本堂「祖師堂(そしどう)」です。

江戸時代より崇拝されてきた建造物でしたが、老朽化のため昭和に入り大改修されました。

そして、祖師堂に寄り添うように建つ「釈迦堂」は、江戸時代の造りをそのまま残す寺院最古の建造物です。

今から約200年以上前の姿を残し、内部には寺宝である釈迦立像や、帝釈天を開山した日栄・日敬の木彫りの像が安置されています。

「祖師堂(左)」と「釈迦堂(右)」 

「祖師堂(左)」と「釈迦堂(右)」 

柴又帝釈天は柴又七福神のひとつでもあり、七福神めぐりでは毘沙門天の御朱印をいただくことが出来ます。
  

関連サイト

柴又区公式サイト|柴又七福神めぐり

趣ある日本庭園「邃渓園(すいけいえん)」

「彫刻ギャラリー」の入館料で、都選定歴史的建造物である「大客殿」の内部や、日本庭園「邃渓園(すいけいえん)」も併せて見学が可能です。

1929年に完成した「大客殿」は祖師堂の裏手に位置する平屋建ての建造物。

「大客殿」外観

「大客殿」外観

4つの和室を1列に並べた左右に細長い間取りで、北側には一面にガラス障子をはめ込んだ広い畳廊下を配し、どの部屋からも庭園を望めるような設計になっています。

ひのき造りの室内は心地よく、ガラス障子から差し込む柔らかな光が、格式高い座敷を優しく照らします。

各部屋に飾られている屏風や掛け軸、 天井の和風シャンデリアなどの調度品もすばらしいものばかり。

最も奥に位置する「頂経の間」には樹齢約1500年、直径約30㎝という日本一の大南天を使用した「南天の床柱」があります。

大客殿前に広がる「邃渓園(すいけいえん)」は1965年に庭師・永井楽山の設計により完成した池泉式庭園。

庭園「邃渓園(すいけいえん)」

庭園「邃渓園(すいけいえん)」

邃渓園の名は、庭園に配された滝が幽邃(ゆうすい=奥深く物静か)であることから付けられました。

庭園への立ち入りは禁止となっていて、客殿から続く屋根付きの渡り廊下で、ぐるりと周囲を歩きながら見学します。

その名の通り落ち着いた趣のある庭園で、緑鮮やかな初夏や木々が色づく紅葉の季節がおすすめですよ。

庭園を望む渡り廊下

庭園を望む渡り廊下

関連サイト

東京都都市整備局|都選定歴史的建造物一覧|柴又帝釈天題経寺大客殿
    

寅さん映画を再現する「帝釈天参道」

柴又帝釈天の参道は、最寄駅である京成電鉄柴又駅前の商店街からつながり、「帝釈天参道」のアーケードをくぐって、真っすぐ進んでいけば迷うことはありません。

駅前では「フーテンの寅さん」の銅像が、訪れる人を出迎えてくれます。

柴又駅前に建つ「フーテンの寅さん像」

柴又駅前に建つ「フーテンの寅さん像」

銅像は、最愛の妹であるさくらに呼び止められ、振り返った時の寅さんの姿。

旅行鞄を片手に少し斜めに構えたポーズは、今にも駅に向かって颯爽と歩き出しそうです。

下町情緒あふれる柴又帝釈天までの道のりも、映画のワンシーンそのまま。

参道の両側には名物の草団子やくず餅、手焼きせんべいを売る老舗の店が軒を連ね、いつでも多くの参拝客や買い物客で賑わっています。

映画のモデルになった明治20年創業の「とらや」も営業中です。

寅さんの実家のモデル「とらや」

寅さんの実家のモデル「とらや」

寅さんの実家となる設定で、「男はつらいよ」第1作目から第4作目まで撮影にも使われた食事処です。

また、駅近くにある「ハイカラ横丁」も、レトロな雰囲気が人気。

レトロな雰囲気の「ハイカラ横丁」 

レトロな雰囲気の「ハイカラ横丁」 

昔懐かしい駄菓子やおもちゃなどを約1000種類、ずらりと並んだ店内は昭和にタイムスリップしたよう。

2階には休日だけ開館する「おもちゃ博物館」もあり、大人も童心に返って夢中になってしまいますよ。

柴又帝釈天周辺の風景は、環境庁「残したい日本の音風景100選」にも選定されています。

関連サイト

GO TOKYO|帝釈天参道

葛飾区観光協会|「フーテンの寅さん像」

環境庁|残したい日本の音風景100選 

さて、観光スポットは決まりましたか?
観光スポットが決まったら次は移動手段を決めましょう。
私がおススメするのは『貸切バス』です。
高いイメージがあるかもしれませんが、人数に合わせてバスのタイプをうまく選択すれば 安く済みますよ。

ツアーコンダクターがプライベートでも使用するバス

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