約400年の長い歴史を誇る「富岡八幡宮」

江戸最大の八幡様

江戸最大の八幡様

「深川八幡」の呼び名で親しまれている「富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)」

東京都江東区の東京湾岸沿いに建つ神社で、創建は古く1624年と伝えられています。

かつてこの一帯は、「永代島」と名付けられた干拓地でした。

干拓地とは、農地を造成するために、湖や海を堤防などで締め切ったのちに排水、湖底や海底を干上げてつくられた陸地のこと。

そんな土地に、長盛(ちょうせい)法師が「永代嶋八幡宮」と呼ばれる神社を建立したのが始まりです。

御祭神は第15代天皇である応神天皇を始め、応神天皇の母・神功皇后と比売神(=卑弥呼)の八幡三神を祀っています。

神社別当(べっとう=神社に付属して建てられた寺)の「永代寺」も創建され、江戸最大の八幡様として徳川将軍家の保護も受けて繁栄を極めました。

門前には茶屋や土産物屋が軒を連ねる門前町が形成され、多くの参拝客で賑わったそうです。

明治以降の神仏分離令で永代寺は廃寺となりましたが、富岡八幡宮は天皇と関わりの深い准勅祭社(じゅんちょくさいしゃ=現在の東京十社)のひとつに選ばれました。

開運招福や学業成就、勝負運、金運などあらゆるご利益があるとされ、湾岸エリアの発展を見届けてきたパワースポット。

「深川七福神」のひとつ「恵比寿様」も祀られているため、新年には初詣客で大賑わい。

今も昔も、この土地を力強く護る氏神様として厚く信仰されています。
           

関連サイト

GO TOKYO|富岡八幡宮

深川観光協会|深川七福神めぐり

      

社殿を護るさまざまな氏神様達

かつて門前町として栄えた永代通りは、今は「門前仲町」と呼ばれる商店街になっています。

通り沿いに神社の正面入り口となる大鳥居が立ち、まっすぐ続く正面参道の先に、朱色の社殿が見えてきます。

永代通り沿いに建つ大鳥居

永代通り沿いに建つ大鳥居

江戸最大の八幡様

江戸最大の八幡様


(江戸最大の八幡様と同じ写真です)

現在の社殿は1956年に再建された鉄筋コンクリート造り。

創建以来、何度も火災や地震で損壊し、関東大震災や東京大空襲でも壊滅的な被害を受けて、その度に再建を繰り返してきました。

石段を登った上に建つ、色鮮やかな柱や屋根が青空に良く映えますね。

度重なる悲運から何度も蘇り、堂々とした姿を見せる不屈の社殿です。

富岡八幡宮の境内には摂末社(せつまつしゃ)と呼ばれる小さな神社が12もあり、18の神様が祀られています。

そのひとつである七渡神社は、八幡宮が創建される前からの地主神。

七渡神社

七渡神社

本殿右手の奥にある弁天池のほとりに、粟島神社とともに合祀されています。

関東大震災や東京大空襲の際、近隣の住民はこの弁天池に避難して一命をとりとめたことから、「七渡弁天様」と厚く信仰されてきました。

この他にも赤い鳥居の美しい「永昌五社稲荷神社」や、富士山にゆかりのある「富士浅間神社」など、ご利益のある神様が勢ぞろい。

富士浅間神社

富士浅間神社

11月には古くからお酉(とり)様と呼ばれる「大鳥神社」が例祭「酉の市」を開催します。

商売繁盛の熊手を売る露店が参道に並び、威勢の良い掛け声や提灯の明かりが江戸下町情緒を伝えます。

大鳥神社「酉の市」

大鳥神社「酉の市」

関連サイト

深川観光協会|富岡八幡宮

江東おでかけ情報局(江東区観光協会)| 下町ぶらりマップ「門前仲町」

伊能忠敬や勧進相撲ゆかりの地

正面参道の左手には、江戸時代に初めて正確な日本地図を作成した中心人物 「伊能忠敬の銅像」があります。

伊能忠敬像

伊能忠敬像

2001年に建てられたこの銅像は、日本地図を背後にさっそうと歩き出す姿をしています。

伊能忠敬は富岡八幡宮の門前町に住居を構え、測量で旅立つ前には必ず安全祈願のお参りをしてから出発したそうです。

今のように交通手段の発達していなかった時代、日本各地への旅は命がけだったことでしょう。

旅姿の銅像を前に、困難にも果敢に立ち向かっていった先人の思いを感じます。

また、富岡八幡宮は江戸幕府による勧進相撲発祥の地としても有名。

1684年から1833年までの150年間、境内で大相撲本場所が開催されていました。

その後大相撲は両国に移りましたが、相撲界との強い結びつきは続いています。

新横綱誕生時には土俵入りが奉納され、境内には相撲にちなんだ石碑が数多く建てられています。

本殿の右奥にある「横綱力士碑」は高さ3.5m、幅3m、重さは何と20トン。

これぞ横綱にふさわしいビッグサイズですね。

横綱力士碑

横綱力士碑

石碑には、初代横綱・明石志賀之助から続く歴代の横綱の四股名(しこな=力士名)がずらりと刻まれています。

境内入口近くには歴代大関の四股名を記した「大関力士碑」があり、その左脇に建つのは高さ約2.3m の「巨人力士身長碑」。

この円柱は、歴代力士の中でも最も背の高かった力士の身長と同じ高さ。

隣に並んで背比べするとその巨人ぶりが実感出来ますよ。

大関力士碑(中央)と巨人力士身長碑(左)

大関力士碑(中央)と巨人力士身長碑(左)

関連サイト

江東おでかけ情報局(江東区観光協会)|相撲ゆかりの地

由緒ある江戸三大祭のひとつ「深川八幡祭」

深川八幡祭に集う人々

深川八幡祭に集う人々

富岡八幡宮の祭礼「深川八幡祭」は約370年の歴史を誇り、神田明神の神田祭や日枝神社の山王祭とともに江戸三大祭に数えられます。

江戸幕府の命を受けて、徳川家綱の世嗣ぎを御祝いして神輿を出したのが祭りの起源。

現在も皇居前へ神輿を運び、天皇・皇后陛下にご観覧いただく年もあり、他の祭りとは違う格式の高さを感じます。

毎年8月15日前後に開催され、「本祭り」「御本社祭」「陰祭」と、1年ごとに祭りの形式が異なることが特徴です。

3年に1度の本祭りが最も盛大で、54基の大神輿を含んだ約120基以上の神輿が繰り出します。

神社周辺の道路は見渡す限り見物客で埋め尽くされ、壮観な眺め。

特に高さ3m27㎝、重さ約2トンの「二の宮神輿」は数百人で担ぐ超重量級。

江戸時代にはあまりの観客に橋が落ちたと言う逸話もあるほどです。

「水掛け祭」との別名もあり、神輿の担ぎ手めがけて、盛大に力水をかけるのが昔ながらの慣例。

見物客が沿道からバケツや洗面器を使ってかけたり、消防自動車がホースで放水する場面もあり、初めて見る人は驚きの光景です。

神輿に掛かる力水 

神輿に掛かる力水 

富岡八幡宮には大きさ日本一の黄金大神輿と名高い「一の宮神輿」も置かれています。

しかしこのお神輿は、高さ4m39㎝、重さ4.5トンと大きすぎて、もはや担げないとのこと。

きらびやかな宝飾品もすばらしく、頂上の鳳凰にはダイヤやルビーが多数はめ込まれています。

日本一の黄金大神輿 

日本一の黄金大神輿 

何もかも常識を超えるようなお祭りですね。

  

関連サイト

GO TOKYO|深川八幡祭り(富岡八幡宮例祭)

深川観光協会|深川まつり紹介

さて、観光スポットは決まりましたか?
観光スポットが決まったら次は移動手段を決めましょう。
私がおススメするのは『貸切バス』です。
高いイメージがあるかもしれませんが、人数に合わせてバスのタイプをうまく選択すれば 安く済みますよ。

ツアーコンダクターがプライベートでも使用するバス

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