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甲斐の国に建つもうひとつの善光寺

武田信玄の信仰心や統率力を伝える「甲斐善光寺」

JR甲府駅前に建つ武田信玄像JR甲府駅前に建つ武田信玄像

戦国時代を代表する武将である武田信玄公は甲斐の国の名領主として今も山梨県民に尊敬されています。

甲府駅前には武田信玄像が立ち、市内には武田家ゆかりの寺社や名所が数多く点在。

その名を聞いただけで全国の諸大名が震えるほどの強さを誇った武田信玄ですが、同時に仏教を深く信仰していたことも知られています。

信濃善光寺と並んで称される「甲斐善光寺」は、そんな信玄の信仰心から建立されました。

1558年、川中島の合戦で宿敵・上杉謙信と戦う際に、信濃善光寺が戦火に巻き込まれてしまうことを恐れ、御本尊阿弥陀如来(あみだにょらい)を始め、数多くの仏像や寺宝、梵鐘(ぼんしょう)、僧侶までもをこの甲府に移転したのです。

敷地内の建造物はもちろん、参道や門前町までも信濃善光寺とほぼ同じ規模で造営。

全国の賛同者から寄付を募り当時の建築技術を結集した工事により、1568年には金堂や山門、鐘楼(しょうろう)などの主要な建物が整ったといわれています。

この時代の信玄の絶大な統率力を改めて感じるエピソードですね。

「武田菱」が掲げられた金堂上部「武田菱」が掲げられた金堂上部

武田家の家紋である「武田菱(たけだびし)」を掲げて、堂々とした景観を見せる信濃善光寺。

甲府市のシンボルとして君臨し、戦国時代の壮大なロマンを訪れる人々に熱く語りかけてくれます。

参考サイト

甲府市観光情報|信玄公(武田家)ゆかりの場所
信玄公のまち|TOP

東日本を代表する勇壮な木造建造物「金堂」

甲斐善光寺の「金堂」甲斐善光寺の「金堂」

織田信長の侵攻による武田氏の滅亡の後の甲斐善光寺は、徳川家位牌所となって勢力を誇りました。

武田氏によって建立された建物は、残念ながら1754年に起きた門前町の大火により全焼し、現在の建物は、30年以上の歳月をかけて1796年に再建。

江戸時代の技巧を凝らした大規模建造物として、金堂・山門ともに国の重要文化財に指定されています。

よみがえった金堂は、高さ27m、幅54m、奥行き49mという壮大な規模で、東日本最大級の木造建造物。

全面に屋根がせり出すような勇壮な外観が印象的。

建築方式は善光寺建築特有の撞木造(しゅもくづくり)とよばれ、横棟の本堂に縦棟の礼堂の建物が連結したT字型の造りをしています。

当時は「T」という文字もなかったので、仏具の撞木(しゅもく:鐘などを打ち鳴らす丁字形の棒)がT字の形をしていることからこの名がついたのですね。

欄干(らんかん:手すりの事)や柱の至る所に施された龍や狛犬の彫刻にも匠の技が見られ、ひとつひとつが表情豊かです。

躍動感のある龍の彫刻躍動感のある龍の彫刻

広々とした金堂内部の天井には巨大な2匹の龍が天を舞う様子が描かれており、絵の下で手をたたくと、音が少し遅れて上からはね返ってくる「鳴き龍」が聞こえます。

龍の部分が吊り天井の構造になっているため、音が反響する仕組みなのですが、不思議なことに下にいる人にだけ聞こえると言われています。

音が響きやすい場所にはマークがついていますよ。

真っ暗な中で壁づたいに「心」という文字に造られた廊下を通り抜ける「戒壇(かいだん)巡り」も人気です。

参考サイト

富士の国やまなし観光ネット|甲斐善光寺

入口にどっしりと構える朱塗りの「山門」

国の重要文化財「山門」の全景国の重要文化財「山門」の全景

金堂の手前にそびえる朱塗りの山門も国の重要文化財。

桁行17m、梁間7m、高さ15mという壮大なスケールに誰もが圧倒されます。

金堂よりも少し早く完成したと言われる山門は2階建ての重層楼門。

柱で5つに間仕切りされ、そのうちの3ヶ所が通行出来るようになっている五間三戸(ごけんさんこ)と呼ばれる造りです。

2階部分の屋根は手すりがついた廊下がぐるりと巡っていて、門というよりもひとつの御殿のようですね。

山門の入口から望む風景山門の入口から望む風景

中央の入口から境内を覗くと、手前に香炉、奥に金堂を真正面に一列に望む配置となっていて、まるで間口が絵画のフレームのようです。

門の内側に立って見上げると天井も高く、どっしりと太い朱塗りの柱と白壁が荘厳な雰囲気を出しています。

無数に貼られているお札の数が長い歴史や地元の信仰を感じさせます。

1層目の両脇には金剛力士像が一体ずつ祀られていますが、なぜか良く見るとどちらも未完成。

片手が造りかけだったり、荒削りの像のままなのが、謎となっています。

甲斐善光寺の再建工事は30年もの長い月日がかかってしまったため、工事が遅かったり、手抜きだったりすることを「善光寺普請(ぜんこうじぶしん)」と呼んだこともあるそうです。

もしかしたらこの仁王像も善光寺普請なのか、それとも何か深い理由があるのかは、誰にもわかりません。

完成された建造物の中にある、そんな未完成の部分が面白いですね。

季節の花と緑に囲まれた境内と宝物殿

金堂前に伸びる松の枝金堂前に伸びる松の枝

甲斐善光寺の石畳の参道沿いには、緑鮮やかな松並木が連なっています。

金堂前にぐんと長くせり出した松の枝もみごと。

甲斐善光寺の日本庭園甲斐善光寺の日本庭園

境内は季節の花や樹木が彩る日本庭園となっていて、天気の良い日に振り返ると富士山を望むことも出来ます。

裏の林では、毎年春になるとフクロウが巣を作り、運が良ければかわいいヒナも見られるそうですよ。

春には桜が満開となり、ピンクの花びらが朱塗りの建物を優雅に彩ります。

きりりとした武田菱(たけだびし)や、格調高い徳川家の葵紋(あおいもん)にも桜の花が良く似合い、日本人の心に響く光景です。

桜の花と徳川家の葵紋桜の花と徳川家の葵紋

かつて武田信玄が信濃より移した御本尊阿弥陀如来は、織田信長に奪われ、さらに豊臣秀吉に渡った後、ようやく元通り信濃善光寺に戻されることとなりました。

現在の甲斐善光寺には、前立仏(まえだちぶつ)と呼ばれる御本尊の身代わりとして造られた阿弥陀如来が安置されています。

全長147.2㎝と等身大の阿弥陀如来は鎌倉時代の作と伝えられる仏像で、国の重要文化財に指定。

通常は公開はされていませんが、平成9年より7年に1度の御開帳が行われ、一般公開されることとなりました。

また、他にも日本最古とされる源頼朝像や、1313年に造られた梵鐘(ぼんしょう)をはじめ、貴重な宝物や資料が数多く保存されており、その一部は境内の宝物殿で公開され、見学することが出来ます。

参考サイト

六善光寺同時御開帳 公式ホームページ|甲斐善光寺御開帳スケジュール

さて、観光スポットは決まりましたか?
観光スポットが決まったら次は移動手段を決めましょう。
私がおススメするのは『貸切バス』です。
高いイメージがあるかもしれませんが、人数に合わせてバスのタイプをうまく選択すれば 安く済みますよ。

ツアーコンダクターがプライベートでも使用するバス

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